ミシンのひらかたの歴史

戦後の昭和21年。
焼け野原となった八幡の町。

その中で、たくましく立ち上がった地域の皆様とともに、
ミシンのひらかたも歩み始めました。

創業から80年。
初代、二代目、そして三代目へ。
ミシンとともに歩んできた、私たちの歴史をご紹介します。


戦後の暮らしと、ミシンのある毎日

簡単に服が買えない時代。
戦後の復興期には、ミシンは暮らしに欠かせないものでした。

子どもの服を縫う。
破れた服を繕う。
必要なものを、手をかけて大切に使う。

そんな日々の暮らしのそばには、いつもミシンがありました。

学校の家庭科で、足踏みミシンを使った記憶のある方も、
多いのではないでしょうか。

また、おばあさんやお母さんに、
子ども服や人形の着せ替え服を縫ってもらった思い出のある方も、
いらっしゃると思います。

娘が嫁ぐときには、
花嫁道具としてミシンを持たせることもありました。
それほどまでに、ミシンは暮らしの必需品だったのです。


八幡東区中央町で始まった、初代の挑戦

この八幡東区中央町で、
祖父がミシン屋を創業したのが昭和21年。
戦後まもない時代に始まった、初代の挑戦でした。

町が少しずつ元気を取り戻していく中で、
ミシンのひらかたもまた、地域の皆様の暮らしに寄り添いながら歩んできました。

ミシンを販売し、修理し、
使い方に困っている方のお話を聞きながら、
一台一台に向き合ってきた年月が、今日まで続いています。


時代の移り変わりとともに歩んだ二代目

二代目である父がミシン屋を継ぎ、
50年にわたってこの仕事を続けてきました。

足踏みミシンの時代から電動ミシンへ。
さらに電子ミシン、コンピュータミシン、ロックミシンへと、
時代とともにミシンも大きく変わっていきました。

その変化の中でも変わらなかったのは、
「困っている方のミシンを、なんとか使えるようにしたい」という思いです。

長い年月の中で、
さまざまなメーカーのミシン、数えきれないほどの修理と向き合い、
地域の皆様とともに歩んできました。


店舗を受け継ぎながら、歴史をつないで

ミシンのひらかたは、時代の流れの中で、
店舗を何度か建て替えながら歩んできました。

店の形は変わっても、
地域の皆様に支えられ、
ミシンの販売と修理を続けてきたことは変わりません。

昔も今も、
この町で必要としてくださる方がいるからこそ、
店を続けてくることができました。


空からチラシをまいた時代もありました

昭和28年には、
空からミシンのチラシをまいていたこともあったそうです。

今ではなかなか考えられないことですが、
それだけ当時は、ミシンが暮らしに深く関わる存在だったのだと思います。

地域の中で店を知っていただき、
必要な方に届けたいという思いは、
昔も今も変わりません。


今も動く、時代を超えた一台

店内には、1910年製のSINGER手回しミシンを展示しています。
スコットランド製のミシンで、父が約1年かけて修理しました。

100年以上前のミシンでありながら、
今でもきれいな直線を縫うことができます。

手をかければ、また使えるようになる。
古いミシンには、そんな力と魅力があります。

ミシンのひらかたが、
長年、古いミシンにも大切に向き合ってきたことを、
この一台が静かに物語っています。


三代目として、これからも

創業から80年。
ミシンの文化とともに育ち、
さまざまなメーカーのミシンや修理を見ながら、三代目としてこの仕事に向き合っています。

新しいミシンも、古いミシンも。
使い慣れた一台も、思い出のつまった一台も。
それぞれに大切な物語があることを、日々感じています。

これからも、地域の皆様のお役に立てるよう、
一台一台丁寧に向き合いながら、ミシンの販売と修理に努めてまいります。

糸でつながるご縁を、
これまでも、そしてこれからも。
大切にしていきたいと思います。


ミシンのことでお困りではありませんか?

長年たくさんのミシンと向き合ってきた経験をもとに、

一台一台、
状態にあわせて丁寧に対応いたします。

お問い合わせ

ミシンの不調、ご購入、部品のお取り寄せ、教室についてなど、どんなことでもお気軽にご相談ください。